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【追悼】Re: 京アニの例のあれのお話し。

京アニ 犠牲者10人の氏名公表 | 2019/8/2(金) 15:21 - Yahoo!ニュース

京アニのベテランアニメーター木上さん死亡(共同通信) - Yahoo!ニュース

「けいおん!」手がけた木上益治さんも犠牲に 京アニ放火事件(京都新聞) - Yahoo!ニュース

「アニメ界のレジェンド」木上氏や「ハルヒ」シリーズ武本氏ら10人の身元公表 京アニ放火(毎日新聞) - Yahoo!ニュース

実際のところ、既に公表前から、お名前が出ていた方々ではあったのですが。
純粋に、残念でなりません。

らき☆すた」の武本監督、「日常」のキャラクターデザイン西屋さん。
何かと接点の多い作品で、お名前や業績を知っている方の、このような訃報というのは、やはり覚悟していても受け入れがたいものがあります。

そして。「空を見上げる少女の瞳に映る世界」の木上監督。

isk-holistic.hatenablog.jp

昨年12月に、このような記事を書きました。
今でも「ウケのいい作品ではないだろう」と思ってはいます。いますが、私はこの作品が好きです。ある種の補正がかかっていることは否定しませんけどね。
しかし、この記事に書いた、「MUNTOは、京アニオリジナル作品の基礎としての役割を果たしている」という部分については、今でも信じてやみません。
今まで、(書いた通りの理由で)あまりお勧めしてこなかったのですが、今後は、機会あればお勧めしていきたいと思います。とはいえ、観る手段も限られるのですけれど。

今回の事件で犠牲になられた皆様のご冥福とともに、今も療養されている皆様の快復、京都アニメーションの復興をお祈りいたします。


「いくら振り込んだの?」
「4016円」
「細かいな…」

Mリーグ2019の推しチームを決めたお話。他しろーとの余談。

続いてねえじゃねえか!
ということで性懲りもなくMリーグの話です。

ドラフト終わりましたねえ。
個人的には思うこともあるんですが、「納得いかねえ!」みたいなところまでは思っていません。というか、思う知識もないんですが。
ただ、やっぱわからないなりには「こういうのが見たい!」というような欲求?希望?のようなものも、昨シーズン通してみて生まれていたりもして、そういうのをつらつら書きたくなったのです。

で。昨シーズンのMリーグを観ていて、どういったところを面白いと思ったのか、特に選手構成っていうくくりで、自分の嗜好をよくよく考えてみると、「コンセプティブ」であることと、それが「自分にどう刺さったのか」というところがポイントになるのかなって感じでした*1
「コンセプトを感じ取れ、それが好みに合う「チーム」は何処なのか」。

結果、「チームとして応援したい」と思っている、まあぶっちゃけ要は「2019シーズンはこのチームのサポーターとしてMリーグを観たい」と思っている「本命チーム」は、セガサミーフェニックスだなと。
そもそもセガサミーフェニックスに対しては好感度高いんです。ずっと書きたいと思っていて、書けていない話、というのは、「近藤誠一選手がMリーグを面白いと思わせてくれた」という話と、まあ他いろいろの話*2なんですが、共通するのは「麻雀とは如何に苦しいゲームであるか」、FriskのCMで言う「Idea Pain」ならぬ「Mahjong Pain」的な話でして。なので、「魚谷選手の苦渋の白切りと涙」も含まれていたりしますが、まあとにかく、そういった「2018シーズンを通して、セガサミーフェニックスが見せてくれたモノ」そのものに対しての好感度が高いんです。
その中でのドラフト結果が、和久津晶プロ。いやあ、どこまでも我が道を往く感。「各々の個性を見てほしい」、なるほど確かに全員おそらく異なる個性を持ち、その集合として正しく「個性派集団」と呼ぶにふさわしい、というか他に形容できません。このチームが一体何を起こすのか、めちゃめちゃ興味が沸きます。そこが「刺さった」。「チームとして」応援していきたいと思えるチーム。自分にとっては、セガサミーフェニックスがベストアンサーだな、と。

また、個人的に、特筆して「そのコンセプトを支持したい」と素直に思ったのは、Abemasです。
確実に「今の麻雀界*3の中心人物」であろう多井選手を核に、多団体から、若く、発信力のある選手を集めているな、という「コンセプト」を感じています。今回のドラフトでの獲得は日向藍子プロでしたが、そう高くない自分のアンテナでさえ感知できる発信力は強力であるはずで、またそのキャラクターからも、納得の人選というほかありません。きっとチームの雰囲気もかなり良いなかで参戦するんではないかと思いますし、それを見るのは純粋に楽しみです。
監督コメントから、「各団体から選出」というワードも出ましたが、Mリーグ自体が、「多団体を跨いでプロリーグを構成する」ことを目的の一つとしている中で、それをきっちりトレースしていることも、そのコンセプトに好感度が上がっています*4

Abemasもそうですし、雷電KONAMIも、「好き」と言えますし、新規参入であるKADOKAWAサクラナイツもこれからどうなっていくのか興味深いですし、ドリブンズ、風林火山、Piratesも、それぞれに観たい部分がある*5のですが、「応援しつつも、しかしウチと当たったら負けないぞ」という気持ちでいるのが、非常に面白そうだな、という感じでいます。
2019シーズンが楽しみだなあ……。「チームサポーターとして」見るMリーグがどういうものか、まだわからないですけども。

以下余談

*1:怒られるかも知れませんが、いわゆる「麻雀が上手いかどうか」は、正直ポイントに入りませんでした。だって、皆さん俺よりどう考えたって上手いでしょ。実績などの話は当然あるでしょうが、それを前面に押し出してしまえば、今のMリーグでは「バンディエラ(育成あがりの中心選手)」というスターは産まれることはあり得ません。そういった「Mリーグからスターを産む」こともまた、その使命であるはずです。

*2:瀬戸熊選手の負け姿に凄く感動させられた話、高宮選手に対して神様があまりに怠慢である話、白鳥選手のリベンジが今すぐ観たい件について、他

*3:〇〇界という言い方は個人的に好みではないんですが、わかりやすいので仕方がありません。

*4:今回のドラフトでも話題になりましたが、連盟所属プロ「ばかり」であることそれ自体を批判するものではありません。念の為。

*5:2018シーズンを、「Mリーグ全推し」としてフラットに見ていたので、特にこのチーム!というのがなかったのです。その中で、白鳥選手からAbemas、瀬戸熊選手から雷電、高宮選手からKONAMI、という「特に好きなチーム」が生まれていますが、「サポーター」となるうえではかなり迷いました。

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麻雀観戦素人のMリーグの観方のお話

Mリーグのない木曜日金曜日を過ごしました。楽しみがひとつなくなった感ありますね。
初年度ということで、2年目以降どうなるか、要するに「オフシーズン」「ストーブリーグ」というものがいまいち明確でないので、そのせいってのはあると思いますけども。早く来年どうするか、発表してくれたらなあ。

ともあれ、そんなわけで前回に引き続き、というかしばらくの間Mリーグネタです。 まあ、今月いっぱいくらいはつらつら書いていくと思います。それでファイナルシーズン始まるまでの空白を埋めるのだ……。
今回は前段(なので基本駄文です)。

んで、そもそもなんですけどね。
前回も少し書いてますが、麻雀をちゃんと継続して観る、というのは初めてで、RTD2018とかは少し見てましたが、まあほんの少しなので、麻雀観戦については、おおよそ素人な感じです。
麻雀プロとか知らないですし*1、なので、どこのチームが面白そうかと強そうかとか、どの選手が好きだとか強いとか、そういう話ではMリーグを観られていません。まあ初めて見るんだしそんなもんだ。

で、チームにも選手にも肩入れせず、まずは要するにDDってことでMリーグを割とフラットに見ていたんですが、そうするうちに、だんだんと「こう見ると面白い」というのが出来てきました。

「物語で見る」ということです。

まあ、負け姿や苦境にある姿と、そのうえで勝つ、というようなところに、すごく感情移入してみていたと。
なので、今年で推しチームになったのは、セガサミーフェニックス、そしてチーム雷電だったりします。

以降は、自分が「面白い」「面白かった」と思う選手について、つらつら書くことにしているのですが、まー見事に負けた話ばかりになっちゃいそうな気がします。しかたないね、セガサミー雷電だからね。

ちゅーこって続く。

*1:流石に二階堂姉妹くらいは知っていますが、雀風は知らない、くらいの感じです。Mリーグを観ることにした経緯から多井プロと白鳥プロは知っていました。あと、ちょっと稀な機会がありまして協会所属の阿賀プロとは同卓させていただいた経験はあります。

Mリーグのお話し

ああ……もうすぐMリーグのレギュラーシーズンが終わってしまいますねえ…。

ついったなんかでは結構話題にしていますが、麻雀を競技としてしっかり見たのは、実際これが初めてです。
もちろん、われめDEポンとかは見たことありますけどね。言うてもあれワンデーだしさ。ルールも特殊だし。競技麻雀を長期間見るということはなくて。

もともと、アカギで麻雀を覚える気になり、覚えた状態で咲をみた、という経緯でフリースタイル雀ジョン*1をみて、多井隆晴白鳥翔両プロを知って、ちょっとだけRTDみて、という経緯で知ったMリーグ
こんなに面白いとはちょっと思ってませんでした。

実は、というか、これもついったで言ってたんですが、昨年末の中断期間に、「麻雀観戦素人がMリーグを物語で観ている話」というタイトルでblogを書いていたんですよ。
書き始めたのは12/21。で、これが年が明けても書き終わらない。あれよあれよとMリーグも再開してしまって。それからMリーグもいろいろなことが起きて、それまで書いていたこととも齟齬が起きちゃったりして、いやもうすっかり書き上げ&公開のタイミングを逃してしまいました。そう、まだ書き終わっていないんですよ!w

ただ、とはいえ、いろいろ書きたいこともあるし、書き途中なのにもかかわらず9000字も書いたものをそのままお蔵入りにする、というのは流石にもったいないオバケが出るので、「レギュラーシーズンが終わった」というタイミングに振り替えて、リライトしていこうと思います。
前回は「1記事に全部書こうとして」結局リリースできなかったという反省があるので、「印象に残った1選手ずつ」、つらつら書いて公開していこうと思います。

一記事も上がらない、ということは、たぶん、ないと、おもい、ます。
多分。

*1:FSDを模したスペシャル番組ですね。Abemaでもビデオ配信があったのですが、MCが本家同様UZIさんだったもんで、煽りで今はもう見られないはずです。話の筋だけじゃなくて法の筋も通してほしかった…つってな!ちなみにみた回は植田佳奈さんの出演回です。そりゃそうだ。

京アニの例のあれのお話し。2

前回のエントリの最後で「日常についてもいずれ書きたい」なんて言ったら、ちょうど?キャンセルが出ていたので、押さえさせていただいちゃいました。
この手の企画で2回以上エントリするの、個人的にはあんまりやらないのですけど、まあ開きに気づいたのが火曜日なんで、勝手にピンチヒッターを買って出るつもりで書くことにしました。

というわけで「京アニの例のあれ」こと「日常」です。
これはねー……個人的にはひっじょーーーーーーに好きな作品でしてねえ……。ただ、評価としてはそうとうアゲインストだったと言わざるを得ません*1

この作品の何が良いか、というと、まず「ギャグアニメ」であるということです*2。ちょっとしたギャグから、シュール、ストレート、掛け合いまで、結構幅広くいろいろと笑わせてくれます。(後述しますけど)当初「萌え日常系」を期待されていたのだろう日常ですが、そういう作品とはまた違った意味で、難しいことを考えずに観られる作品として、非常にお勧めです。
そして、やっぱりキャラが魅力的です。「駄美声」で一世を風靡した(と勝手に主張している)ちゃんみお*3こと長野原みおを筆頭*4に、キャラ造形が本当に全員魅力的*5です。登場人物は、こういった作品としては多い方だと思いますが、キャラ間の関係などもかなり整理されていますし、全員がそのキャラクターなりに魅力的です。そのぶんキャスティングされた声優数も多いのですが、それも全員がしっかりマッチしていますし、その意味でもレベル高いです。
また、絶対に外すことができない要素としては、もちろん京都アニメーションの描写力よ、というところでしょう。シュールなギャグから力技に至るまで、表現力が圧倒的*6です。

このアニメが思ったより広く受け入れられなかったのは、「間口が(期待している人の数や種類に対して)狭すぎた」ことと、「販売戦略」にあるように感じています。
「日常」は「キャラの姿かたちこそ萌え系に見えます」が、「本質的にはギャグアニメ」です。「日常」というタイトルや、その直前まで京都アニメーションが制作していたアニメが「けいおん!!」だったこともあるのでしょうが、「ストレートな萌え系アニメ」というニーズとはとにかくミスマッチした感が否めません。また、序盤の数話は、割とはっちゃけたわかりやすいギャグが控えめだったり、特徴的なアイキャッチが入ったり、またシリーズ構成上の方針として「主となるキャラクターと舞台を2分割しオムニバスとする*7」方式だったりと、少しとっつきづらい感もありました。
さらに、現在では「ヒャダイン」といえば押しも押されぬ、という人気がありますが、当時はニコニコ動画の一投稿者であった氏をメジャーデビューさせた*8のもこの作品ですが、これもまた「メインキャラクターが担当する、わかりやすいアニソンOP」という定石からは外れ、「そういったストレート感のなさ」も間口をやや狭めたように思います*9。 期待されているものと提供されたものがあまりにも違いすぎたために支持されなかったのではないか、というように思います。作品そのものの質は非常に高いと思いますし、「ギャグアニメやぞ!」ということをしっかり押したうえでなら、推せるアニメであったのに、と今でも思います。
もう一点の「販売戦略」については……。実のところ今でもあまり良く思っていない要素が多いので、語る気にはなれないところではあります。ただ、この時期の角川アニメは割と強気の戦略を取っていて、そもそもがあまりいい顔をされていなかったように記憶しています。とにかくソフトの価格設定が強気だったこと、特典要素が求められたことと違ったこと*10などがポイントでしょうか。「第1巻の特典カルタの「か」について」は、今でもちょっとどうかと思いますしね*11

個人的に「2期が来るまで死ねない」アニメというのがいくつかありまして、「日常」もその一つです。アニメ放送終了時、まだ原作は続いていまして、とはいえ現時点ではもう終了している*12のですけども、その「アニメ化されていない」部分に山ほどネタが詰まっているというのがありまして…。
萌えアニメ」ではなく「ギャグアニメ」ですから、自分のようにとにかくハマってしまえば楽しめます*13。AbemaTVでなら、プレミアムになってさえいればいつでも視聴可能です。

なんとなくケラケラ笑いたいときに、いかがでしょうか。

*1:作品への風当たり強すぎて、いくつかのジャンルの人たちが嫌いになるくらいのレベルでしたねえ。二度と某まとめサイトを見ないと心に決めた作品でもあります。

*2:そして、これが受け入れられなかった理由なのでしょうね。

*3:アイドルじゃないよ!

*4:誰が何と言おうとちゃんみお筆頭です。

*5:見た目だけとかではなく、キャラクターとして全体的に魅力的ですよ、ホント。

*6:第2話「日常の7」(そのノート千円で買った)や第17話「(多分)日常の70」(トランプタワー)は必見だと思います。

*7:「時定高校」編と「東雲研究所」編に大別されます。それによってメインキャラクターが3人ずつで半割されたような形になっていました。この形式は後半良い形で効果を及ぼすのですが、前半は「ただ単に話がぶつ切られる」ように感じるかも知れない、というのは否定できません。

*8:もっとも、前山田健一としてはいろいろ活動されていましたけども。

*9:補足しますが、出来はOPもEDもかなり高いです。前期EDである佐咲紗花さんの「ZZZ」は映像と合わせて素晴らしい出来ですし、後期EDの声優による合唱曲も同様です(ED映像からつながるジャケットは初見で泣きましたね)。ヒャダイン氏はキャラソンも含め多くの曲を提供していますが、どれも良い出来です。特に「日常のキャラクターソング その9 ラスト5パーソン」収録の「安中のぴょん!ぴょん!エー!!」の完成度は異常だと思います。

*10:らき☆すた後期のノリをより先鋭化させたもの、というのがちょうど良いでしょうか。同時期に展開された他作品としては「らっきー☆れーさー」などがあります。…推して知るべし。

*11:「買って満足角川商品」。そりゃないぜ角川さ~ん…って本気で思いました。

*12:上に既に続編とでも呼ぶのか、ともかく地続きの作品である「CITY」という作品が連載中でさえあります。

*13:そうでなければごめんなさい。

京アニの例のあれのお話し。

たまには他人の企画にのっかってみたいときもあるのです。

初めまして(でいいのか?)いすかと申します。
普段から、ちょっとした習慣により、あるワードで検索をしているのですが、その中であさいさんという方のキディ・ガーランドへの言及を拝見しまして、企画を知った、という流れでございます。

asaist.seesaa.net

adventar.org

実のところ、自分にとってもキディ・ガーランドはまさに「世間の評判はそんなでもないけど、好き」な作品でして、それを通して企画を拝見して、「これは乗っかりたい」ということで、参加させていただくことにしました。
ちなみに、自分からキディ・ガーランドについて補足させていただくとするならば、「後半はシリアスが入ってきて(やや展開は乱暴ながらも)ストーリーが締まるのでいいですよ」ということと、「音楽がいいよ」ということでしょうか。特に後者は、OP、EDテーマやキャラクターソングを指しますが、どれもなかなかに良曲です。若本御大が歌われていることについてはあさいさんも言及されていらっしゃいますが、他にもキャラクターソングVol.6では飛田展男さんが歌い、中井和哉さんが渋く語りを重ねるというモノになっていたりと最高です。
本編の盤と同様、もはや入手は困難ですが、現在ではアニソン効き放題サービス「ANiUTa」で全曲配信されていますので、ぜひ(「キディ・ガーランド」で検索すれば全曲ヒットします)。いやあ、いい時代になりました。

さて、前置きはこれくらいにして、本編を始めましょう。

私からお話しするのは、「京都アニメーションの例のあれ」、MUNTOシリーズについてです。ここでは、TVアニメーション版である「空を見上げる少女の瞳に映る世界」とその劇場版(ディレクターズカット版)「天上人とアクト人 最後の戦い」を取り上げます。
この作品は、もともと京都アニメーションOVAとして、2003年、2005年にリリースされたものを、それぞれTVアニメ版の1~3話、4~6話に割り当て、2009年に7~9話を新規アニメーションとして追加したうえで、完結させたものです。劇場版は、このうち7~9話にさらに新規カットや補足となるようなシーンを追加し、ディレクターズカット版として、池袋と京都の2館で劇場公開したものになります。
現在でも京都アニメーション取締役である木上益治氏が監督や脚本などの演出面を一手に負い、「京アニ初の完全オリジナル作品」として 制作された経緯があります。もともとは「作画技術のサンドボックス」的な立ち位置の作品であるのですが、作画や演出、動画のクオリティといった部分では、まさに「京アニの面目躍如」と思えるようなものになっているのではないかと思います。
ストーリーとしては、地上に住む少女「日高ユメミ(CV.相沢舞)」と、「アクト(いわゆる"マナ"のようなもの)が満ちた別世界(天上界)」に住む「ムント(CV.小野大輔)」とが出会い、崩壊の危機に瀕する天上界を救う、というもので、路線としてはかなり王道のファンタジーものとなっています。

ただ、問題点として、OVA1, 2巻の2年間のブランク、そこからTVアニメ版までの実に4年のブランクや、全9話という絶対的な作品の短さにより、「登場人物のキャラブレ(急な変遷)」「設定の説明・描写不足」「ストーリーの超展開」が多かったと感じられてしまうということは否めません。これらの設定やストーリー展開はいずれも説明などはあるものの、ストーリー描写の中で提示される、というよりは、登場人物の「説明セリフ」によって提示される、というようなことも多く、さらっと流されて終わってしまったりするために、観る側の理解や整理がおこなわれるまえに次の展開に移ってしまったりということもありました。設定についても「アクト」というものが「まるで万能」というような描写になってしまっているがゆえに、「かなり都合のよさげなもの」と思われ、実際に「中二病設定」というような声も聞かれていました。
こういったことがあって、残念なことに結果として評価を得ることはできなかった、というところです*1。 もちろん、そのおかげでこの企画で紹介できるわけですが...。

さて、そんな「空を見上げる少女の瞳に映る世界」ですが、この作品によってかよらずか(いすか個人は「よって」だと思っていますが)、京都アニメーションである企画が立ち上がることになります。
京都アニメーション大賞KAエスマ文庫の創立です。

MUNTO」シリーズが着地した後、京都アニメーションのオリジナルコンテンツの創出として、積極的に外部からのリソースを取り入れるようになります。そうして制作されたのが、「中二病でも恋がしたい!」「境界の彼方」をはじめとした作品群です*2
ストーリー的にも、またもちろん描写としても、これらの作品の出来は上々であって*3、作品構成について外部リソース(新人)を適切に取り込めたという点では成功と言えるでしょう。その創立の礎となっているのが「MUNTO」「空を見上げる少女の瞳に映る世界」なのだ、ということは主張しておきたい*4ですし、(作品が好きなものとしては)知ってほしいなあ、と思うのです。

作品の「意義」について主に述べましたが、「ストーリーについては問題があった」とも述べており、このままでは「作品そのものはそんなでもないのでは…」と思われてしまうかも知れません(というか、思われているからこそこの企画で紹介しているわけですが)。
が、冒頭でも少し言及した通り、「作画や演出、動画のクオリティ」については、やはり素晴らしいと思います。「魔法的なものの存在する王道ファンタジー」であるが故、バトルシーンなどもありますが、天上界での(ムントの)敵役である「グリドリ(CV.白石稔)」や「グンタール(CV.若本規夫)」との戦闘は特に盛り上がりのあるシーンでもありますし、丁寧だわ奇麗だわでかなり好きなシーンでもあります*5
また、ユメミの暮らす地上界は、いわゆるところの「普通の一般世界」でもあり、「天上界での戦闘」を「非日常パート」と位置付けるなら、こちらは要は「日常パート」であるわけですが、こちらもやはり描写としては丁寧です。OP/EDもさすがのクオリティであり、本編の雰囲気も相まって、個人的にはかなり好きな部類に入ります。
ストーリー展開についても、確かに評価が分かれる(されないことのほうが残念ながら多い)部分ではありますが、とはいえ致命傷となるような穴や矛盾などはありません。設定や世界観やキャラクターなどは魅力的な点も多いですし、もし「あームントね、京アニ黒歴史の」といったような認識のみでスルーされてしまうには惜しいと思いますし、また残念でもあります*6

来年はちょうど放映から10年です。
もし「京アニ作品の系譜」というものにご興味おありなら、一度観てみてよい作品だと思いますので、どこかの機会にいかがでしょうか。

*1:一時期公式サイトさえ消えてしまっていたことがあります。現在では(当時のサイトではない、簡易のものではあるものの)作品のページが復帰しています。

*2:原作なしの完全オリジナルとしては「たまこまーけっと」がありますが、製作スタッフとしてはオール京アニ、というわけではありません。

*3:中二恋のほうが一般的には評判良いんですかね、個人的に境界の彼方かなり好きなんですが。

*4:MUNTOで失敗した」というよりは、おそらく、「自前で何らかのオリジナル作品を確立し、そのアニメ化ということで企画化したほうがOVAよりやりやすいと判断された」が正しいのかな、と思っています。OVAも既に下火だと思いますしね。

*5:このあたりの技法は、「中二病でも恋がしたい」や「境界の彼方」でもしっかり継承されていると思います(だからこの2作品を引き合いに出したんですけどね)。

*6:とはいえ、積極的にお勧めできるかというと、まあそれはしないのですが^^

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『フリクリ オルタナ』がちゃんとオルタナだった話

久しくblogなんて書いていないわけですけども。
そりゃあ書くよねえ。フリクリだもん。あ、めっちゃネタバレするからな。あと原典『フリクリ』見てないやつも置いていくからな。っていうかたぶんネタバレもなにも『オルタナ』見ないとわからん事とか書くと思う。というか絶対書く。
勘弁してね。俺は好き勝手に書きたいんだ……!

ということで、まあ、リアルタイムにフリクリを観てた連中で、それで今『オルタナ』観にいく奴なんてのは、そりゃあフリクリに対して一家言あるのが当たり前だと思っているし、だからもちろん俺だってそうなわけですよ。
だからねえ、『オルタナ』と、まだ公開されてないし中身も知らんけど『プログレ』に対してだって、「はン、そんなに簡単にフリクリに比肩されるものなんて作られてたまッかい!」と思っていたし、今も変わらんです。下手にリメイク的なことしてみろただじゃおかねぇ位の気持ち。で、実際『オルタナ』を見ました。今日。

で、その感想としてはタイトルに集約される訳です。
ちゃんと『フリクリ オルタナ』だったよあれは。

まあね、フリクリである以上、出来としてフリクリと比べられちゃうのはもうどうしようもなくて、その線で比べたらがっかりする人もいて当然だろうと思うわけです。その比較だったら俺だって原典に軍配を上げるよ。思い出補正なめんな?
でも『オルタナ』な訳です。「フリクリ」に対して、何を作るのか?ということで見たとき、ちゃんと別の土俵で戦おう、モノを作ろうとする、リメイクではないオリジナルの「フリクリ」を作ろうとする、そこはちゃんとしてたんじゃないかな、と思います。

例えば「劇場版なのにOVAに合わせて6話構成」というところ。まあそもそもが海外じゃちゃんと分割されていたという話はあるにせよ、それはフォーマットとして守った、という点、それも構成もなぞりつつやる、つまり「誰の話か」というのをちゃんとやる、という部分を守った、というのは、少なくとも「土台はちゃんとフリクリであろうとする」ということであって、これは俺はよかったと思うのですよ。
ほら、フリクリだって1話はナオ太+ハル子、2話はマミ美、3話はニナモリと動くでしょ。あれと同じことを起こそうとしてるわけです。

んでね。
オルタナ』であろうとするなら、モチーフが変わる(=ジュブナイルでなくなる)っていうのは理解できるし、そもそも監督だって新谷真弓さんだって「フリクリは鶴巻さんにしか作れないんだからべつのものを作るしかないよね」と言っていて、その点で「女子高生4人組の群像劇」っていうのは、俺は悪くなかったと思うのです。そのうえでどこまでフリクリできるか、ってところのほうが重要。
そこはオマージュとかちらつかせたりすることで結構良いラインを突いていると俺は思っていて、たとえば「NEVER KNOWS BEST」という単語をよもや知らないフリクリ好きはいないと思うけど、これを結構印象的に出してくるし、で、マミ美といえばこれに紐ついて煙草を吸っている、というのも想起できるはずだけど、同じシーンであるキャラが煙草(というかたぶんココアシガレットだろうけど)らしきものを銜えていたりするわけです)。これなんかは、それがちゃんと後で効いてくる(後述します)。
第2パートなんかはゴリゴリのオマージュラッシュで、ハル子が出してくるのは激辛ケバブ(激辛カレーパンオマージュ)だし、彼氏奪って思春期のココロを刺激しようとする(先に会ったのはタッくんだよ)し、ましてやこの回のテーマは「背伸びをやめる」でさえあって(もちろんマルラバオマージュ)、その最後のセリフは「辛い(伊達よオマージュ)」な訳ですよ。こんだけオマージュかましまくってフリクリじゃなかったらそれはそれでヤバくないすか?って思ったりするわけです。「オルタナに仕込まれたオマージュ」って話なら、俺結構脱線させられる自信ありますよええ。
まあとにかく、こういうあたりから、ちゃんと「女子高生4人の群像劇でフリクリをつくろうとする」という部分は達成されていると思うわけです。「フリクリで群像劇?はあなにそれ?」という向きもあろうことは承知なんだけど、だって俺別に「フリクリ」が見たいわけじゃないもん。フリとかクリとかどーでもいいんだよ。変にやられる方がやだよ。だったらいっそこれくらい軸がズレててくれてたほうが『オルタナ』で正しいじゃん?っていう感じ。だから結局、「一見フリクリじゃないことやって、どうやってフリクリに帰結するか」だと思うのです。
その意味ではちゃんとフリクリに帰結してたんじゃないかなあ。青春群像劇仕様のフリクリに。

で、そのうえでやっぱり第6パートのペッツの扱いだけはあんまり納得がいっていない、というか物足りないのです。ここだけ正直パワーが足りてないのです。惜しむらくは。惜しむらくは!!!

第5パートでカナブンと決別(と言っていいと思う)するペッツなんですけど、彼女、原典で言えば「マミ美でありハル子」であるのですよ。ナオ太に影響を与え、ナオ太に求められ、ナオ太から去って、その後の行方が示されない、という意味ではもうキャラの立ち位置そのもののオマージュと言っていい。すでに言及した「NEVER KNOWS BESTのシーンでシガレットを銜えていた」のもペッツなら、カナブンがクライマックスシーンで特大NOを発動するのだってペッツに対してで、ありゃ要するに「好き。」「えっ」「ちゅ」な訳ですよ。
で、原典でそれに対するアンサーは、「タッくんはまだ子供だから」と「マミミックスのFooly Cooly」、そしてラストシーンの「ベース1音」。加えて言えば、「ナオ太は中学生になったあと軽音楽部に所属している」という公式の設定があるはずで(なかったら妄言だなここ)、それは「ナオ太の変化(成長)」の表現なのであって、要するにフリクリ6話ラストのあのLittle Bustersっていうのは、あの短い間にこのすべてを詰め込んでいるわけで、そのすべてにストーリーが完結してしまうカタルシスがあって、そりゃあパワフルなのですよ。
それに対して『オルタナ』は、これがまた何もアンサーがないんですよ。ペッツからの。そのあとどうなったかすらわからない。カナブンが自分に対して独白する(ここもちゃんとオマージュになっていて気は利いているなとは思ったんだけどね)だけで終わっちゃう。ハル子だってどっかいっちゃう。ええええ!もうちょっと!もうちょっとなんかあるよね!そうだよね!と思ってエンドロール後にも期待したんだけど何もなかった。さすがにこれはちょっと弱すぎる。道中いっぱいあったじゃん!進路希望調査票とかさ!MMに真っ平にされるかも知れない地球から脱出する富裕層、という設定があったならその後を描くとか、せめてペッツに言及してくれよーなー頼むよーという気持ちでいっぱい。それがないとフリクリ観たって思えないんだよー!ほんと頼むよおおお!ってなる感じ、といいますか。
結局、原典ではハル子はアトムスクを追い、マミ美はカメラマンになるといって街を出ていき、つまりそこには明確なストーリーがあってすべてが公開された中でエンディングを迎えるし、それがフリクリを見た後の観劇後感を生むのだと思っているのだけど、とてもじゃないけどそこだけはすっきりしない。NO発動の時のセリフの尺の長さとか(何せ原典は「好き。」の一言だ)、そういうのは(女子の青春モノ特有の煮え切らない独白感と受け入れられるから)どうでもいい、ただこのラストシーンだけはもっとパワーを持っていてほしかった、という気持ちでいっぱい。

パワーという点では、もう1点あって、「音がちいせえ」です。
BGMをthe pillowsとしたのはもちろんいいんだけど、音量が小さすぎます。原典のBlues Drive Monster、Last Dinosaur、I think I canのドカンという快感がない。もっと爆音でいいよ!!!!!って思いました。フリクリであるからにはthe pillowsの秀逸なMVでもあってほしい、というのはそうズレた望みじゃなかったろうと思います。結果そのほうがシーンそのものもパワー出るんだし。

あー…書いた書いた。
結局、ラストシーンが「フリクリとしては」物足りないと思うけども、これは要は台本のせいであって、ぶっちゃけ台本にはもっと細かいレベルで言いたいこともなくはない、というかホントラストシーンについてだけは書ききれないほどに言いたいことがあるから、収集つかないものを強引に片付けるために置いておくとしても、それ以外は全体的に悪くなかった、ちゃんと「オルタナティブフリクリ」であろうとした、と思えました。

で。最後に。
たぶん一番疑問符が付くのは「ハル子のキャラ造形」だと思うんだけど、実は俺これそんなに問題だと思っていません。
もしかすると「ハル子としてこうあるべきだというところは進言した」とおっしゃった新谷さんの功が大きいのかもしれないけれど、俺としては(自分を)納得させられるだけの説得力を得ることができています。
見かけたので言えば、「ハル子が姉さんになっている」って言うのは、「っていうかマミ美からハル子に対する接し方って結構姉さん的だったぜ?」とか、「ハル子からニナモリに対しては結構姉さんとして接してたりしない?」とかがあって、『オルタナ』が「女子高生4人組」であることを考えれば、そこはまあありうるんじゃない?という。
で、「アトムスクに執着していて、目的のためならこの星なんてどうなったって知らんもーんっていえちゃう身勝手さ」がない、という部分については、これは俺もそうだと思うんだけど、でも『オルタナ』ってその辺排除されていなかったかな、と思ったりするわけですよ。「アトムスク」という単語は出てこなかったと思うし、「手首の手錠」だって描写されてない(されてたら愚鈍な奴となじってほしい、でもいくら何でもそんな重要なファクターを見逃すほど耄碌してたとは思いたくない)じゃないですか。言及されないんだから執着だって描写されんだろう、と考えると、じゃあまあ(時空and/or時間軸かなんかの)どっかが原典とは違うハル子なんじゃね?と思えば納得もできるのです。最後ハル子がNOに巻き込まれるところだって、原典シーンがP!ベスパに投影されたりする演出があって、あれってフラッシュフォワードの類じゃないのもしかして、みたいな考察だってできちゃったりもするわけです。だとすれば、「アトムスクとそれに対する執着心と身勝手さ」みたいなのは、当然重要なファクターではあるけど、まあ目を瞑ってそれはそれってやってもまあいいか、という気分にはなるわけです。それ以外はちゃんとハル子はハル子だったしね。

最後に「ハル子のキャラ造形」を持ってきたのは、『プログレ』のほうでどうやらアトムスクの話すんじゃね?と思ったりしてたりするっていうのがあってのことです。あちらで言及されるなら、こっちで言及されないこともまああるよな。っていうかこれ時間軸的に『オルタナ』→原典→『プログレ』だったりするのかしら、だとしたら公開順とかラハルCV林原めぐみってのも(時間軸による表現の変化?)ありうるのか?みたいなことを考えています。今は。

思いのたけを書いたらひどい乱文になった。いずれ見直して書き直すかもしれない。…いやたぶんないな。っていうかてめえで書きたいだけ書きなぐっておいて長いよ。書き直す気にはとてもなれない。バカだなーお前。

プログレ』、楽しみですね。あちらを見たらまたなんか書く気になるかもしれない。
っていうかまたたぶんなんか書くよ。だってフリクリだもん。

余談:
エンディングアニメーション、なんか最近よく見たタッチだなあ、と思ったらPie in the skyだった。
彼らの手掛ける『せいぜいがんばれ!魔法少女くるみ』が今度円盤になります。2期も始まるし、ショートアニメだから見やすいしそっちもぜひ見てください。
俺はエセ関西弁キャラ使いであるところの温州愛媛みかん/プリマオレンジがサイコーだと思ってます。
面白いんで、ぜひ。
アイデンティティは保ったぞ